緊急手術


7月3日(火)
 昨夜はほとんど一睡もせず、体をさすったり、痛がる首を揉んだりして過ごした。頭痛と吐き気でどの体勢にしていても辛いらしく、あっちの部屋、こっちの部屋と場所を変えて気を紛らわす。
 私は、それにずっと着いてまわり、隣に座り、気晴らしに話しをしたり、手を握ったり。

 「わるいな〜、まり子は寝なさいよ」と言ってくれるが、なるべく一緒に起きていたい。


 朝、少しでも芽生と触れ合わせたいと思い、保育園を休ませる。だけど、頭痛と吐き気がかなり強く、起き上がれない状態で、ろくに芽生の相手もできない。見てられない状況に、私はついめそめそと泣いてしまう。

 それでも、芽生はトッチャ(修ちゃん)のお腹の上にちょこんと乗っかったり、腕をつかんだり、脚にまとわりついたりと、一生懸命ちょっかいを出している。健気な行動にまた目頭が熱くなる。

 あまり不吉なことを考えたくないけど、なんだかしばらく修ちゃんが帰ってこないような気がして出がけに、親子写真を何枚か撮る。

 しばらくして、昭治くん(義弟)と千恵ちゃん(義妹)がやってくる。頼りになる2人に付き添ってもらって病院へ。心強い。


 4人で車に乗り込み、昭治くんが、ビル・エバンスの『Walts for Deby』をかける。修ちゃんも静かで瑞々しい演奏に、「いいね〜」と満足そう。
 頭痛と吐き気がしながらも、弟の昭治くんといつものように音楽談議をしている。この兄弟は本当に仲が良くて、最高の親友でもある。口を開けば、音楽の話しばかりしている。
 そんないつもの光景を心地良く見ながら、なるべく気分を良くして病院へ急ぐ。

 
 病院へ着くと、脳神経外科の診察前に、たくさんの検査室へ巡回させられる。すべての検査にぞろぞろと3人の大人が付き添っていく。修ちゃんは歩くのもしんどくなってきたので、車椅子で移動。脚を組んだりして、態度がでかい。相変わらず笑える。

「溶接でこの辺にキーボードスタンドでもつければ、ライブにでれるなぁ」
とかふざけたことを言って、私達を笑わせる。いつもの突飛押しのない発想だ。


 長い長い待ち時間を経て、診察室に呼ばれる。MRIを見ながら、先生が病気の説明を始める。
 昨日の予測通り、後頭部中心あたりにでっかい腫瘍がくっきりと写っている。まるで、脳の一部みたいな存在感。

「この腫瘍のせいで、頭のなかの流れるべき水が流れなくなり、水頭症を引き起こしています。緊急で、水頭症を改善させる手術をしなくてはなりません」とのこと。
 腫瘍については、水頭症の手術の際に少し細胞を取ってきて、病理判断に出す。治療方針はそれから決めるとのこと。腫瘍摘出の手術ももちろん視野に入れている。

 現在の頭痛、吐き気、最近の記憶が飛ぶ、ミスをする、ぼんやりするという症状は、すべてこの水頭症からきていて、これが治れば改善しますとのこと。
 なるほど、いろいろと合点がいく。

 症状の確認のためにアルツハイマー診断のような記憶テストをされ、ほぼ満点をとる。
「好きな文章を書いてください」という問題に修ちゃんは、
ビートルズホワイトアルバムが最高だ」とスラスラ書き、私達も先生も笑ってしまう。
 こんな時でも修ちゃんらしさにホッとする。


 夜に緊急で手術をする事になり、その同意書に急いでサインする。
 あっと言う間に夕方になり手術となる。修ちゃんは皆に見送られながら「グー、グー」みたいなポーズをとって気丈に手術室へと入っていった。

 待ち時間、ヒロミ(義妹)も駆けつけ、友達のマチと吉峰くんも様子を見に来てくれる。みんな本当に暖かい。
 6人で一連の騒動、病気のこと、修ちゃんのこと、お義父さんの武勇伝のことなど談笑しながら過ごす。
 私は時々感情が高ぶり、泣いてしまう。


 千恵ちゃんが
「修ちゃんは、きっと大丈夫だよ!うちの家族は悪運が強いから。だって何と言っても修ちゃんだよ!」と自信を持って言ってくれる。昭治くんやヒロミもそうそうと頷いている。

 修ちゃんは、私ももちろん彼らがそう断言できるような、本当に健康でタフでおおらかで生命力に溢れた人間なのだ。つまり病気とは無縁のはず。

 そうこうしていると、手術が終わる。夜の11時。集中治療室へ行くと、目覚めている。わりと元気そうに見える。

「今、何時?」と聞かれ、
「11時30分」だよと答えると、
「いい時間になっちゃったね〜。気をつけて帰ってよね」と。

 術後に患者が言うセリフとは思えない。自分のことはさておき、私達を気遣っている。
 本当に粋でいいヤツなんだ、この人は。そういうところが好きなんだ。


 主治医から術後の説明。水頭症を緩和するために第三脳室に穴を開ける手術はうまく終えたと。そして、腫瘍の病理を少し取ってきた。今後は病理の結果次第で治療方針が決まると。

 先生も腫瘍の印象については、それほど悪いもののような雰囲気は出していない。形がとても丸く卵のようなので、私達もきっと良性だろうと信じこんでいる。
 それでも、頭の手術となると、後遺症とかものすごく恐い。不安でたまらないし想像したくない。

 今日の手術は滞りなく終えたこと、皆安心して帰った。
 全ては病理の結果次第。