手術の日


 朝、6時に眠そうな芽生を連れて、バアバ、ジイジと手術前のトッチャに会うために病院に出かける。
 芽生は、珍しい時間にでかけることに少しワクワクしている様子。
 大人しくチャイルドシートに座り、牛乳とバナナとパンを食べながら外を眺めている。いい子だ。

 7時30分に到着すると、ちょうど千恵ちゃん(義妹)、昭治くん(義弟)も到着。ヒロミ(義妹)もすでに来ていて、ゆうちゃん(妹)もまもなく駆けつけた。
 広々としたロビーで、芽生は楽しそうに駆け回り、そこに点滴をぶらさげ手術着を着たトッチャが登場。
 少し戸惑いながらも確実に「トッチャだ!!」と嬉しそうにしている。

 手術前に親子で触れ合え、修ちゃんもとても嬉しそう。力をもらえた感じだ。
皆で力一杯激励の声をかけ、芽生も手を振って手術へ向かう修ちゃんを見送る。

 元気なので手術には歩いてでかける。英雄のようだ。かっこいいぞ!トッチャ。

 眺めのいい家族控え室で、千恵ちゃんと昭治くんとのんびり待つ。お喋りしたりアイスを食べたり昼寝をしたり。
 私はついつい修ちゃんとののろけ話をしてしまう。考えてみると、私は人に修ちゃんの話しをするのが大好きだ。

 途中、ユキさん(義姉)がリンちゃんを連れてやってくる。赤ちゃんが入ると一気に明るく幸せな空間に。
 ポチャポチャした体で、良く笑い、よく食べ、一生懸命歩こうとしている健気な成長ぶり。最高の癒しだ。
 今頃、芽生は保育園の水遊びで大はしゃぎだろうなぁと想像する。


 6時前に兄が駆けつけ、しばらくすると「手術終わりましたよ」と看護婦さんがむかえにきた。6時30分。
 朝8時30分から始まったので約10時間。予想してたよりは早く終わった。

 
 心臓の鼓動が高鳴り、張りつめながらICU室へと降りる。修ちゃんは麻酔から覚めているよう。手を消毒し対面する。
 体や顔は硬直しているが、意識ははっきりしている。私は、無事に手術を終え、また修ちゃんに会えたことに涙ぐみながら手が震える。


「おっ。みなさんありがとう。」と。
「みんな応援してたよ。芽生も応援してたよ」と呼びかけると、
「ありがとう。よろしく言っといてよ」といつもの口調で答える。
「ご飯でも食べて帰ってよね」と、相変わらず人を気遣っている。
こんな時でも、いつも気遣ってくれる。そういうところが泣けるのだ。本当にいいヤツ。愛しい人だ。


 対面後、S島先生から術後の説明。先生も大手術を終えたあとで、かなり疲労している様子。
 先生の口から出たのは、今日の手術は滞りなく事故もなく、目的は達成した、だけど、やはり腫瘍は悪性のものとのこと。そして悪性度は高い。
 脳幹と視床への癒着があるために、その付近の腫瘍は残し、7、8割りの腫瘍は摘出したとのこと。

 あけてみなくては分からないと先生も少し期待をしていたせいか、心無しかがっかりしているようにも見える。
 分かってはいたけれど、はっきりしたことで、皆ショックを受けている。
 私はかなりのショックで頭が真っ白になり、手足が震えている。涙は必死にこらえる。

 今後は放射線治療、化学療法を追加で行うとのこと。最善の策を今後も考えてくれている。先生にお任せするしかない。そして、修ちゃんの生命力と体力にかけるしかない。
 修ちゃんなら大丈夫、きっと勝てると繰り返し繰り返し念じた。


 説明のあと、昭治くん、千恵ちゃん、兄と輪になり、しばらく沈黙がつづく。
とりあえず今日の手術は成功だね、と誰かが口火を切り、皆つられるように、よかったよかったと喜びはじめる。

「ある程度取って、死滅させればそのあとの再発を防げばいいんだよ。ガンはメカニズムを知るとそんなに恐くないよ。」と昭治くんが冷静に説いてくれた。
そう、いがいと単純なことだ。
 ひとしきり、今後の心構えと対策を話し合ったあと、皆車に乗り込み家へ帰る。私はひとりで車で帰るのが堪え難く、兄に新宿まで付き合ってもらった。

 帰るとすでに芽生はカニさんのTシャツを着て寝ていた。Tシャツのカニとおなじような格好で。寝顔をみるだけで、今日一日の疲労を吸い取ってくれる。

 心配そうな母に、ひととおり報告。嬉しさ半分、落胆半分、複雑そうな顔をしている。


 芽生が保育園でのお昼寝の際にふと、「トゥ、ママ、バアバ、ジイジ」とつぶやいたらしい。そのことに、こらえていた涙が溢れだした。

 芽生はものすごく感じとっているのだ。そして、トッチャや私を応援してくれているのだ。
 こんな小さい子に、私達は支えられている。ありがたい。本当にありがたい。
 私と修ちゃんの子どもとして生まれてきてくれて、本当にありがとう。

 夜中、芽生はよく泣いていた。
 小さいからだで消化しきれない体験をさせてしまったのだ。