サッカー

 芽生は面白いほど言葉が増えている。一度覚えると、その言葉のブームがしばらくあるらしい。朝ごはんを食べながら「おいしい、おいしい」と言うが、あまり好きじゃないブロッコリーでも、大好きなウィンナーでも「おいしい、おいしい」と言っている。たまらなく可愛い。
 修ちゃんにもこの気持ちを味あわせてあげたいし共有したいと思う。早く元の生活に戻りたい。

 お盆休み前にいろいろと仕事を片付けたいが、なんだかんだでやり残しも多い。まぁ、いいか。

 夕方、ヒロミと待ち合わせて病院へ。最近のことを止めどなく話しながら向かう。話す事で気が紛れる。ひとりよりもやっぱりふたりで行く方がずっといい。

 病室へ向かおうとすると、ロビーに修ちゃんが座りながら看護士さんと話しをしていた。信じられない光景に、私もヒロミも思わず声を上げる。

 修ちゃんはあまり表情も変えず、
「おぉー。」と。そして「あれ、今何時? 午前中だっけ?」と。
記憶の錯乱がおきているのか、時間の感覚がなくなっているのか。
 冷や汗が出る。そのセリフで一瞬凍り付いたが、そのあとはわりと普通に会話をした。
でも時折、同じ事を何度も聞く、そして、忘れる。

 物忘れの激しさに、不安でたまらなくなり、どうしても反応を探るように会話をしてしまうので、大きなストレスを感じる。

 主治医のS島先生と話せることになり、修ちゃんとヒロミと三人でカンファレンスルームにこもる。今後の治療計画など説明を受けたあと、もちろん、現在の一番の心配事、物忘れとモノが二重に見えて視点が合わないことに質問は集中する。

 物忘れは痙攣を起こしたため、目もじきに良くなってくると。来週になれば、もっと良くなるはずですよ、と。
 先生がそう言ってくれて、やっとやっと少し安心を得られた。

 修ちゃんは珍しく、気持ちの焦りや不安を先生にうったえる。
「気持ちはよく分かります。でも、滅入ってても良い事はなにもないですよ。免疫力も下がっちゃうし。リハビリをしっかりやって、がんばりましょう」と。その通りだなと三人で納得。修ちゃんの顔も明るくなる。

 修ちゃんは先生のネームプレートにぶら下がっている小さなサッカーボールを目ざとくみつけ、
「先生、サッカー好きなんですか?」と質問している。
なんだ、結構ちゃんと見えてるじゃないか。。。

 病室に戻り、私達は談笑するが、やはりときどき起きる物忘れにいちいちビクビクしてしまう。さっき先生としたサッカーの話題も少し忘れている。私は、時期に良くなるはずだと自分に言い聞かせる。気長に待つしかない。
 今日はなでしこの決勝戦だ。