軽くジャブを


 朝、芽生は目を覚ますと、眠たい目をこすりながらもいつもの場所にトッチャが寝ているのを見つけ、「トゥ」と言いながら一目散に駆け寄る。なんの迷いもなく素早く。
 しばらく離れて暮らしているけど、トッチャの存在がいつもそばにあることを忘れていないのだ。
 修ちゃんもこれ以上ないくらいの笑顔で、芽生を抱き上げる。ふたりともとてもとても嬉しそう。なんていい朝だ。


 修ちゃんは朝一番に大事な薬をちゃんと飲み、ぼやけた目でなんとなくテレビを見ている。見ないほうがいいんじゃないかと聞いてみるけど、大丈夫と。
 芽生は、先日バアバに買ってもらったおままごとセットの急須と湯のみでお茶を入れる真似をして、トッチャと私にせっせと振る舞ってくれる。
 「はい、どーじょ」と。「ありがとね。メイちゃん」と。
 私たちは芽生のおかげで、いつもいつも笑顔いられる。本当にありがたい。


 今日は一日、家の中でのんびり過ごす。のんびりしたいけど、芽生が元気に遊んだり、踊ったり、歌ったり、おしゃべりもし続けるので、実際はのんびりというわけにはいかないのだけど。
 修ちゃんは目の調子が悪いところに、芽生の動きがすばしっこいので余計に疲れるようだけど、この疲労がいいリハビリだと言っている。前向きだ。


 今回の騒動で、ゆうちゃんが近所に引っ越してきてくれた。ゆうちゃんは年の離れた末っ子で、いつもまでも小さくて可愛らしい妹だと思っていたけど、いつの間にか私を支えてくれる頼もしい存在になっている。
 引越し作業を終え、父と母とゆうちゃんがやって来て、みんなそろって引越しお祝い&外泊お祝いカレーを食べた。ちょっと大人っぽい味のカレーだったけど、芽生は「いっしょ、いっしょ」と言って、うれしそうに一生懸命食べている。

 消灯時間までに病院へ戻る。車のなかで、修ちゃんは疲れた様子で椅子を少し倒しリラックスしている。
「疲れたけど、メイとまり子といられて楽しかったなぁ」としみじみ言っている。

 今回は外泊訓練という名にふさわしく、日常生活に軽くジャブを打つくらいだ。まずはそのくらいでいいのだ。