退院の日

9月26日(水)
 今日の秋晴れの日に、夫は退院した。暑い夏を病院で過ごし、気候のいい季節を待っていたかのよう。長い夏休みだった。

 昨日、今後のことを相談しにソーシャルワーカーを訪ねる。これから外来で引き続き治療をして行かなくてはならないので、主には経済的な相談。はっきり言って抗ガン剤は高い。高額医療費になるので、適合しそうな制度は徹底的に使い、貪欲にお金を取り戻さなくては。こんな時には躊躇している暇はない。
 
 夕方、イタリア出張帰りのS島先生が現れる。待ってました!と私達は突然にハイテンションに。このところ、いろいろと落ち込むことが続いていたので、何よりもの特効薬。
 時差ボケと言いながらも、相変わらず切れ味のいいギャグで私達を笑わしてくれる。本当にセンスがある人だ。
 最後に撮影したMRIも上々。「S島先生のおかげです」と私達は信者のように声を揃え、手を合わせる。
 病気のおかげでというのもなんだけど、こんなに素晴らしい先生にめぐり会えたことは、人生の中で最高の出来事かもしれない。
 そして、イタリア土産のバルサミコ酢を、胸ポケットからさらっと出し、
「はい、お土産。お醤油が入ってるかもしれないけどね!」と言ってプレゼントしてくれた。クールでお茶目、最高だ。

***

 今朝は、芽生を保育園に送り、そのまま母と一緒に夫のお迎えに。
 朝の渋滞が激しく母とのロングドライブ。やっとここまで来れたこと、本当に感慨深く、過ぎた日々のこと、これからのこと、ゆっくりと語り合う。
 夫が入院する朝、もしからしたら元の状態で夫が戻ってこれないんじゃないかと、、、不安でたまらなく、親子3人肩を寄せて何枚も写真を撮った。
 私はものすごく頑張って笑顔を作り、夫は体調の悪さを露にした表情。そして、芽生はペットボトルを持ちながら思いっきり笑い転げている写真。何がそんなに面白かったのか、、、。事情を分からない芽生の健気さに胸が熱くなったものだ。

 病室に着くと、夫は準備万端に待っていた。サンバイザーの上にニット帽をかぶるという特殊なスタイルで。
 「あぁ、このかぶり方、ライブの時とかよくやってたなぁと」懐かしくなる。
 家に帰れるようになった夫は、入院当初の私の不安を覆し、本来の夫のスタイルをほとんど維持している。本当に本当に良かった。

 夫はすっかり仲良くなった看護士さんが何人もいて、そんな看護士さん達に激励されながら見送られる。
 私はこの病棟に、辛くて苦しくて泣きながら、何度も足を運んだことを思い出す。そして、私もまた看護士さん達に励まされ、先生にも励まされ、心のケアをたっぷり受けさせてもらった。そして安堵し、喜びながら帰った日のことも思い出す。
 心から感謝し、病棟をあとにする。

 その足でリハビリ室へもご挨拶に。とてもお世話になったM田先生に、
 「本当に大変なのはこれから、日常生活に戻ってからですよ。病院は不自由はないし、ゼロに戻すための場所ですからね。」
 と言われ、その言葉が重くのしかかる。

 本当にその通りだ。日常生活に戻ったとき、夫は以前と違う自分を受け入れ馴染ませるためには、たくさんの困難とストレスがあるだろう。そして、私達家族の生活スタイルも激変し、馴染み定着するまで戸惑いがたくさんあるだろう。
 でも、私達はとにかく「面白く生きる」ことをモットーにすることを決めた。
病気でクサクサしてても、面白く。 


 夕方、芽生がベビーカーから身を乗り出し、「ソーラン節」を踊りながら帰ってきた。「ドッコーイショー、ドッコイショー」と言いながら、手を右から左へひっぱるような振り付け。
 本格的に面白い子がここにいる。

 夕飯に、母が、勝栗の赤飯、トンカツ、鯛のお刺身と縁起の良いものを用意してくれ、退院祝いをする。芽生には鯛を湯通ししたが、あとは同じものを、「いっしょ、いっしょ」と言ってニコニコと食べている。この家族の団欒が戻ってきた。そして、これから毎日続くはず。

 夕食後、「メイ、ソーラン節!」と言うと、すぐにその気になって、また「ドッコイショー、ドッコイショー」と歌い始める。私達も大笑いしながら一緒に「ドッコイショー、ドッコイショー」と歌う。
 芽生のおかげで、「面白く生きる」ことはわりと簡単なことかもしれない。